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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)163号 判決

原告 粂谷喜平

原告 粂谷宗

右訴訟代理人弁護士 黒沢子之松

同 伊豆鉄次郎

同 稲沢宏一

被告 栗原松次

右訴訟代理人弁護士 上原悟

主文

(一)  被告は、原告喜平に対し金四万七、七〇〇円、原告宗に対し金六八万二、三九八円およびそれぞれ右各金員に対する昭和三七年一月二八日から支払済に至るまでの年五分の割合による金円の支払をせよ。

(二)  原告等のその余の請求はこれを棄却する。

(三)  訴訟費用中金三、二〇〇円(訴訟貼用印紙額の一部)は原告喜平の、金五、一〇〇円(同一部)は原告宗の、その余は被告の各負担とする。

(四)  この判決第一項は、仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、請求原因第一項(本件事故の発生)、事故原因が高野の右側通行の過失にあるとの点を除いて同第二項および第三項の事実は当事者間に争がなく、本件事故が高野の前方注視義務懈怠の過失によつて生じたことは被告においてこれを自認するところであるから、被告は、原告等に対し、本件事故によつて生じた損害中身体傷害による損害については自賠法第三条本文の規定にもとづき、物件の損害については民法第七一五条の規定にもとづき賠償義務がある。

二、よつて、原告等が本件事故によつて受けた損害について検討する。

1、財産上の損害について

成立に争のない甲第一号証の一乃至八、同第二号証、同第三号証の一乃至九、同第四、五号証および原告両名の各本人尋問の結果を総合すれば

(一)  (原告喜平の損害)訴外喜代美(昭和三四年一〇月一九日生、原告両名の長女)が本件事故によつて受けた損害を治療するため昭和三六年九月七日から同月一一日までの間埼玉県川口市本町三丁目七番地北条外科病院に入院、同月一二日東京都台東区下根岸町一番地石鍋医院に転院し同年一〇月五日までの間同病院に入院し、原告喜平が右治療に関し治療費および付添看護婦費用合計金四万二、七〇〇円(請求原因第四項1の(一)の(1)、(2))を支出し同額の損害を受けたこと。

(二)  (原告宗の損害)原告宗が本件事故によつて受けた傷害を治療するため昭和三六年九月七日から翌三七年一月一七日まで右北条外科病院に入院し、退院後同年二月一〇日同病院の診療を受け、その後、東京都台東区入谷町一五五番地山岡接骨院に通院し、右治療に関し治療費金一八万五、五五二円(内訳(イ)入院治療費金一八万〇、三六〇円および通院治療費金九〇〇円、(ロ)接骨治療費金三、三三二円、(ハ)接骨治療のための交通費金九六〇円)、付添看護婦費用、入院中の栄養費および同雑費計金一〇万八、六四六円(請求原因第四項1の(二)の(2)、(3)、(4))以上合計金二九万四、一九八円を支出し同額の損害を受けたことおよび右原告が本件事故によつて当時着用していた靴、ワンピース、時計を毀損されその価額合計金一万八、三〇〇円(請求原因第四項1の(二)の(7)の一部)の損害を受けたこと。

を認定することができる。

しかしながら、(イ)不法行為によつて惨禍を受けた被害者またはその近親者等が見舞客の接待あるいは見舞品の返礼に要すべき費用は、儀礼上任意に支出される費用であつて法律上の義務として支出される費用ではないのであるから、これを不法行為によつて生ずべき損害に包含せしむべきものではないと解する。従つて、仮りに、原告等が主張するような支出があつたとしても、原告喜平が主張する交通費(請求原因第四項1の(一)の(3))のうち見舞客案内のための支出部分、原告宗が主張する見舞客接待費および返礼費用(同項1の(二)の(5)、(6))を本件事故による損害と認めることはできないし、原告喜平が主張する右交通費のうち看護のための支出部分についてはこれを認めるに足る証拠がない。(ロ)原告粂谷喜平本人尋問の結果によれば、同人が主張する非鉄金属問屋業は、同人の個人企業ではなく、訴外株式会社粂谷商店が経営するものであつて、原告喜平は、本件事故当時右会社の代表取締役として一ヵ月金三万円の報酬を受け、同時に訴外株式会社正和製作所の代表取締役を兼ね同会社からも一ヵ月金三万円の報酬を受けていたことが認められるが、右原告が主張する期間の報酬が支払われなかつた事実を認め得る証拠は何もない。又、右原告が右会社の業務に従事することができなかつたため同会社に営業上支障をきたし損害を生ぜしめたとしても、右損害はただちに同原告の損害であるとはいえない。従つて、到底、右原告が主張する得べかりし利益の喪失による損害(請求原因第四項1の(一)の(4))を認めることはできない。

2、精神上の損害について

本件事故によつて、原告宗が全治までに約六ヵ月を要する右大腿骨皮下完全骨折、右側頭部打撲裂創、脳震盪、右肘部打撲の傷害を受け喜代美が全治までに約四〇日間を要する頭部外傷、脳震盪症左側頭部骨折、頭蓋内出血疑の傷害を受けたことは当事者間に争がなく、右各傷害によつて同人等がそれぞれ精神上、肉体上甚大な苦痛を受けたことは容易に推測できるところである。

(イ)  本件事故によつて自身傷害を受けた被害者としての原告宗に対する慰藉料は、右傷害の部位、程度に後記認定の治療の状態、成立に争のない甲第五号証、右原告本人尋問の結果およびこれによつて成立を認め得る甲第七号証の二によつて認める同原告の年令(大正一一年五月二五日生)、学歴(東京都上野高等女学校卒業)、経歴(学校卒業後タイピストとして官庁等に勤務、昭和三四年四月一六日原告喜平と婚姻)、境遇(前記地位職業にある原告喜平の妻として、同原告との間に喜代美を儲け相当程度の生活を送つている)、本件事故の態様その他諸般の事情を斟酌して金三〇万円を以て相当と認める。

(ロ)  原告両名がそれぞれ本件事故によつて傷害を受けた被害者の近親者として請求する慰藉料については、原告等が、被害者が生命を害されたときにも比すべき精神上の苦痛を受けた場合には、自己固有の権利として被告に対し慰藉料を請求し得るものと解するのを相当としても、然らざる場合にまで右請求を是認すべきではないと解せられるところ、原告両名の各本人尋問の結果によれば、前記治療の結果、原告宗が受けた前記傷害のうち右大腿骨々折は骨接部が既に癒合し、本件第六回口頭弁論期日(昭和三七年一〇月一九日)当時、早く走ることはできないが通常の歩行には支障がない程度に恢復し、近く快癒に至るものと予測される状態にあり、他の部位の傷害はほとんど治癒していること、ただし右膝部に右大腿骨折治療のため受けた手術の傷痕があること、同様にして喜代美が受けた傷害はほとんど治療していることが認められ、右両名が右各傷害によつて精神または身体に重大な障害を受けた事実を認めるに足る証拠は何もない。従つて、原告両名が、右各傷害によつて、前記程度の精神上の苦痛を受けたものとは推認できないから近親者としての原告両名の各慰藉料請求はこれを認めることができない。

3、弁護士費用について

原告粂谷喜平本人尋問の結果およびこれによつて成立を認め得る甲第八号証に弁論の全趣旨を総合すれば、原告等が東京弁護士会所属弁護士黒沢子之松、同伊豆鉄次郎、同稲沢宏一に対し本件訴訟を委任し、手数料(着手金)として、原告喜平が金九万円を、同宗が金一六万円を支払つたことが認められるが、右手数料が本件事故と相当因果関係のある損害であるか否かについて争があるので判断する。

不法行為の被害者が損害賠償請求訴訟を弁護士に委任し支払うべき手数料、報酬等所謂弁護士費用は、不法行為によつて直接生ずべき損害ではなくて、訴訟委任の事実が介在することによつて間接的に生ずべき損害であるということができるが、原因と結果の間に相当因果関係を認めるためにはその関係が必ずしも直接であることは必要でないと解せられるから、右弁護士費用と雖も全く賠償の範囲におかれるものではなくて、弁護士費用が一般に不法行為から必然的に生ずべき損害であるということができ、しかも合理的な算定基準があるならば、これを不法行為によつて通常生ずべき損害として相当因果関係の存在を是認すべきである。不法行為の被害者が、加害者から任意に賠償義務の履行を受けられないときは救済を受けるために訴を提起しなければならず、そのためには弁護士に訴訟を委任するのが通常の事例であると認められるし、弁護士費用が日本弁護士連合会および所属弁護士会規によつて規制されていることは公知の事実であるといえるから、権利の伸張防禦に必要な相当範囲に限つて、弁護士費用を不法行為と相当因果関係のある通常生ずべき損害と認めるのが相当であると解する。尤もこのようにして、弁護士費用を敗訴の加害者に負担させることについて問題がない訳ではないが、そのために相当因果関係を否定するのは本件のような交通事故の被害者のために当を得ないものといわねばならない。しかも、原告等が前記弁護士に対し本件訴訟を委任したのは、通常の事例からみても本件訴訟の経過に照らしても必要已むを得ざる所為であると認められるから、被告は原告等に対し、原告等がそれぞれ支出した前記各手数料のうち諸般の事情からみて相当と認められる範囲の額について賠償義務があるといえる。しかしながら、本件訴訟の結果に徴すれば、仮令、原告等と前記弁護士等との間に於て報酬契約の内容が相当であるとされても、前記各手数料の全額を以てただちに本件不法行為による損害として被告に賠償せしむべき相当額であると認めることはできず、右相当額は、本件訴訟の結果に本件訴訟に関する報酬契約の内容その他本件訴訟に顕われた諸般の事情を斟酌して算定すべきものと解せられる。前記弁護士等の所属する東京弁護士会規第三号弁護士報酬規定に、弁護士の民事訴訟の受任事件の手数料は、目的物の価額または受くる利益の価額が金一〇万円までについては一割乃至三割、金一〇万円を超え金一〇〇万円に達する部分については七分乃至二割(以下省略)とする定め(第三条、第九条三)があり、更に右規定による報酬は弁護士の職務を遂行するために必要と認める最低額を定めたものであるから最低額以下で報酬額の協定をしてはならないが、依頼者が貧困であるときその他特別の事情があるときはこの限りでないとする定め(第一条)があることは当裁判所に顕著な事実であり、前顕甲第八号証及び本件訴状の記載によれば、前記各手数料がそれぞれ当初の訴訟物の価額に対する九分弱の割合で算定されたことが認められるから、前記各手数料のうち被告に対し賠償せしむべき相当額は本件に於てそれぞれ原告等に対して認容すべき各損害賠償額のほぼ一割に相当する金五、〇〇〇円(原告喜平について)および金一七万円(原告宗について)と算定することができるが、右を超える額の手数料についてはこれを被告に賠償せしむべき相当額であると認めることはできない。

三、以上説示したところによつて、原告等の本訴請求中被告に対し原告喜平が前認定の損害合計金四万七、七〇〇円、原告宗が前認定の損害合計金六八万二、三九八円(ただし、治療費については、同原告が本訴で主張する金一八万五四五二円に限る)及びそれぞれ右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明白な昭和三七年一月二八日から支払済に至るまでの民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度に於てこれを理由があるものとして認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条本文、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高瀬秀雄)

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